小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 桜木町の駅が見えて来た。
 そして、その手前に人だかりがあるのが見えた。
 大道芸か何かだろうか。
 呑気で暇な連中だ。
 しかし、俺も何もすることがない点では変わらない。
 同類だ。
 であるならばと連中の輪に加わった。
 しかし、人が邪魔で中の様子が分からない。
 つま先立ちをしてみても見えなかった。
 隣にいたゴマ塩頭の爺さんが声をかけて来た。
 「行き倒れだとさ」
 俺も年をとれば、いつかこの爺さんのようになるだろうか。
 「行き倒れ?珍しいですね」
 「珍しいな」
 言葉として知っているが、実際にそれを目の当たりにするのは初めてだ。
 「見たいですね」
 「この人だかりじゃ見えねえよ」
 「男ですか?女ですか?」
 「見えないから知らねえよ」
 冷静じゃないか、爺さん。
 「知らないのにここにいるんですか?」
 「そのうち見えるんじゃねえの」
 それまでいるつもりかよ。
 「見えなかったら?」
 「うるさい兄ちゃんだな。見てくりゃいいだろ」
 「どうやって?」
 野次馬たちが幾重もの壁を作っている。
 爺さんが笑って地面を指差した。
 「股ぐらでも潜っていけばいいじゃねえか」

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