小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 先程、俺はここで働くと決めたのではないか。
 何よりこの永遠に続くかのような就活煉獄に終止符を打って楽になりたい。
 予感は的中し、上手く進めている気がした。
 しかし、次の面接官のオヤジの質問への俺の回答でこの会社での「不採用」を確信した。
 「将来の夢は何ですか?」
 エアコンもまともに効かしていない会社の会議室で夢を語るとは思わなかった。
 だが、俺はその箇所に関しては素直でありたいと思っている。
 俺には夢がある。
 「映画が好きでして、いつか自分で映画を撮ってみたいです」
 笑われた。
 ヤニで黄ばんだ歯、髭の剃り残しが小汚い口角がはっきりと見えた。
 自分の夢を語って何が悪い。
 いくらドラッグストアに勤めていても自分の夢があっても良いだろうに。
 オキシドールを棚に並べながら、タランティーノのことを思い浮かべても良いはずだ。
 そこで面接は終わった。
 形式的に礼をして、会議室を出て、建物をから出た。
 暑さは変わらないが、空気が淀んでいない分、外の方がマシだった。
 汗が沁みたネクタイを外し、ボタンを二つ開け、ジャケットを片手に持ち、ワイシャツの袖を肘まで捲り、俺は駅へと大股で歩いていた。
 終わったな。
 人の夢を笑うような奴らがいる所で働くなんてこっちから願い下げだ。
 しかし、これからどうすべきだろうか。
 今は、エアコンの効いた部屋でとりあえず寝転びたい。
 先程よりも陽射しはさらにきつくなっていた。
 みんな、俺にもっと優しくなっても良いんじゃないか。
 俺が何か悪いことをしたのだろうか。
 

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