小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 タオルを鞄にしまう。
 名前を呼ばれた。 
 立ち上がり、扉の前に立つ。
 ノックをしようと手の甲を扉に向ける。
 これまで何回ノックをしたのだろう。
 返事があった。
 ドアを開け、入って、振り返ってドアを閉めて、一礼をし、名前を告げる。
 そこにはスーツの胸元に社章を留めた偉そうなオヤジが三人いた。
 ここも暑い。
 エアコンがまともに効いていない。
 オヤジたちも額に汗が滲ませていた。
 着席を促され、面接が始まった。
 浅く腰掛け、両手を膝において、背筋を伸ばす。
 汗の玉が背中を伝うのが分かった。
 私が御社を志望しましたのは。
 私の長所は。
 私の短所は。
 私が大学時代に力を入れましたのは。
 私が。
 私は。
 私の。
 私には。
 これも何度目だったのだろう。
 嘘にもならない半乾きの嘘で塗固めた俺を晒すのは。
 何度繰り返しても慣れない。
 空疎な俺しかいない。
 この短時間で俺の何が分かるのだろう。
 何を決めるのだろう。
 しかし、どこかで働かなくては飯が食えない。
 脛を齧れる親はもうこの世にいない。

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