小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 それでも不採用しか来なかった。
 俺の妥協は妥協にもならなかった。 
 ただ一社だけ、ドラッグストアを展開している会社の最終面接までこぎ着けた。
 それが今日のことだ。
 朝から太陽が奮闘している中、電車に乗って桜木町にある本社に向った。
 数店舗展開しているだけあって儲かっているのか本社は桜木町駅近くのビル群の一画にあった。
 しかし、横浜を象徴する煌びやかな「みなとみらい」側でない方に本社を構えているのが良く言えば地元らしさがあり、悪く言えば虚勢を張っているような気がした。
 桜木町の駅を動く歩道がある側とは逆の出口を出て北上する。
 本社が入っているビルに着く頃にはもう顔にも背中にも汗が滴っていた。
 入り口の自動ドアの前でタオルを取り出して汗を拭い、ビルの中に入った。
 暑い。
 冷房はかかっているのだが自動ドアが頻繁に開閉するせいか冷気が逃げてしまっていた。
 汗が引かない。
 エレベーターで八階まで上がる。
 そこも暑かった。
 「クールビズ実行中」と書かれたラミネートが貼られている。
 無人受付の電話で「面接の方」と書かれた番号をダイヤルし、会議室の前で待つように言われ、そこに向かった。
 すでに俺と同じような男二人、椅子に座って待っていた。
 彼らが俺の同僚になるのかもしれないのか。
 会釈をすると彼らも返してくれた。
 これだよ、これ。
 人の営みというのは。ビジネスの入り口というのは。
 この会社でやっていく気になって、俺は座って待った。
 俺たちは無言だったが、同調し、互いの緊張感は感じていた。
 そして、感じる暑さも同じでそれぞれが額の汗を拭く。
 一度、それが同じタイミングになって三人で目を合わせて、声を殺して笑ってしまった。

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