小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 「なあ、兄ちゃん」
 「何だよ?」
 「どこ行く?」
 目的ができた。
 俺たちはどこかに行くのだ。
 「そうだな。遠くに行くか?」
 「遠く?その前にちょっと体勢変えない?重いよ」
 もう誰も追いかけて来ないどころか、人っ子一人いない路地裏に来ていた。
 安堵が現実的な重さを引き戻した。
 「変えよう」
 俺たちは立ち止まって、俺は死んだ弟の頭を肩に担ぎ、弟は足を肩に担いだ。
 まるで丸太を担いだような格好。
 死んだ弟の顔が俺の真横にある。
 「さて、遠くに行こう」
 「良いね。遠く」
 「ああ、俺たちで行こう」
 俺たち三人は遠くを目指すことにした。
 俺の真横の死んだ弟の顔を見つめた。
 つくづくそっくりな顔。
 俺と同じ顔。
 その顔にある目がゆっくりと見開いた。
 俺と目が合う。
 死んだ弟が目を剥き、唇を動かした。
 「俺だ」

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