小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 まず腕力で負けがひとつ。
 マンボウの車はクラウン。
 ローンを組んで車を買える財力がマンボウにはあるが、俺にはない。
 財力で負けがもうひとつ。
 俺はマンボウ以下かも知れない。
 逃げるが勝ち。
 俺たちは死んだ弟を担いだまま駆け出した。
 蜘蛛の子を散らしたように逃げる野次馬たち。
 死んだ弟は重いが走る。
 ここから逃げる。
 目一杯走って、息が切れた。
 「なあ、兄ちゃん」
 弟が声をかけて来た。
 「何だよ?」
 呼吸が苦しい。
 やはり俺は生きているんだ。
 弟も肩で息をしながら俺に問いかける。
 「死んでいるのは確かに俺だけど、抱いている俺は一体誰だろう?」
 そうだ。
 この弟を抱いている弟は誰だ?
 この弟に抱かれている弟は誰だ?
 俺と同じ顔であるのは弟。
 弟と同じ顔であるのは俺。
 俺でなければ弟に決まっている。
 弟でなければ俺に決まっている。
 しかしだ。
 俺はこれしか答えはないと思う。
 「そんなことは、どうでも良いだろ?」
 弟は急な運動のせいで青白くなった顔で返事をした。
 「そうだな。どうでも良いな」
 「そうだろ」

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