小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 「兄ちゃんって可能性はないかな?」
 「可能性?ねえよ。だって俺は生きているんだから」
 「何で分かるんだよ?」
 「それは・・・」
 答えに詰まる。
 考える。
 俺と弟と同じ顔の男が死んでいる。
 その上での俺と弟の違い。
 分かった。
 「お前、でっけえマンボウに『ぶっ殺す』って言われたんだよな?」
 「言われたよ」
 「俺は誰にもそんなこと言われていない。だからだ」
 面接と同じように決定力不足。
 そして、俺も死んでいるようなもんだが。
 これまで俺を落として来た奴らの顔が思い浮かぶ。
 俺をバカにしやがって。
 今日のオヤジたちも。
 むかつく。
 その横で弟が妙に納得した声を出した。
 「そっか」
 そうだ。
 就活の嫌な思い出に浸っている場合ではない。
 弟が死んでおり、その弟も納得しているのだから、それを第一優先にする。
 こんな俺でも弟のために役に立つことはあるだろう。
 「よし、お前を持って帰ろう」
 「もって帰る?どうやって?」
 「俺が前を持つから、お前が後ろを持て」
 「分かった。でもさ、良いのかな?」
 「良いんだよ。だってお前だろ?」
 「そうだな」
 同時に前後に別れた。
 俺が脇を抱え、弟が足を抱えて、アスファルトから持ち上げた。
 二人で迎え合うような格好。

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