「まあ、落ち着いて」
指先で泡を拭った。
「落ち着いています。本人を連れてくりゃ、皆さんにもご納得頂けるでしょう。私の強みは正直なことなんですから」
俺が動くと、人だかりが割れて通路ができた。
俺の花道だ。
良く言えば昔ながらの一画。
悪く言えば柄の悪い一画。
そこにある弟のアパートに久しぶりに訪れた。
底の抜けそうな階段を踏んで二階へと上る。
目尻の汗をワイシャツの袖で拭いながら板が抜けやしないだろうか。
家賃は一体いくらなのだろう。
両親が死んだ後、俺たちは実家のアパートに残って二人で暮らしていた。
そもそもがアパート暮らしだとは言え、このアパートよりもだいぶマシだった。
親の微々たる遺産を二人で分け合った。
俺は大学に入り、寮に引っ越した。
弟も引っ越しをし、一人暮らしを始めた。
仕事は何とかすると言っていたが、あいつは今は何をしているのだろう。
少し抜けた所もあるが、生真面目な奴だから誰かに可愛がってもらっているだろう。
そんな弟を連れて行って、あいつら驚かせてやる。
ドアベルも無いので、直接ドアをノックする。
今日、二回目のノック。
ドアのの向こうに気配がし、ほんの少しだけ開く。
隙間から独特な甘い匂いが漏れて来た。
そこから俺の目が数回殴られて腫れたような目が俺を確かめていた。
「兄ちゃん。金持って来てくれたのか?」
ドアがもう少し開いた。
焼き畑作業をしていたようなキツい匂いが染みたTシャツにトランクス、無精髭の弟が飛び出して来た。
不安と小さな恍惚を帯びている弟の顔は傷と青たんだらけだ。
果たして同じ顔に見えるだろうか。