小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 「ああ、それなら別人だ。この人はね、昨日の夜から倒れていたんだよ。寝ているだけだと思われていたんだ。それなら珍しくないからね。でも、様子がおかしいと思った人から通報があって調べたら死んでいたってわけだ」
 また笑われた。
 むかつく。
 「俺と同じ顔を持つ弟の顔を間違えるわけないでしょう」
 「いや、しかしね」
 にやついた警察官の口元に髭の剃り残しがあった。
 やはり面接のオヤジと同じだ。
 それを手でさすり、俺をバカにしているのが分かる。
 周りの野次馬たちの俺への眼差しも嘲りを帯びている。
 こいつら以下なのか。
 俺は。
 「きっと、他人のそら似だよ」
 「そんなことありません」
 「だって、昨日の夜から、ああなんだよ」
 笑っている。
 笑われている。
 こいつらに一泡食わせてやりたい。
 一発で証明できるようなことを考える。
 アブラゼミがうるさい。
 むかつく。
 俺の目尻を汗が伝う。
 閃いた。
 「分かりました。当人を連れて来ましょう」
 こいつらが息を飲んだのが分かった。
 気持ちが良い。
 「いや、昨夜から倒れているんだよ」
 「だから、当人を連れて来ると言っているでしょう」
 「だからじゃなくて、昨夜から」
 「双子の兄の俺が見て、双子の弟が見れば、俺の言っていることが正しいと分かるでしょう」
 俺の口角に自前の泡がひっついた。

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