小説

『笑い顔の怪人』小笠原幹夫(『怪人二十面相』)

 また、原作の「少年探偵団」にも、敵役でお馴染みの怪人二十面相が、チンドン屋の行列のいちばんうしろから、はでな紅白だんだら染めの、だぶだぶのパジャマのような道化服を着て、先に鈴のついたトンガリ帽子をかぶって登場し、資産家の小さなお嬢さんをかどわかす場面があります。この二十の顔を持つ怪人の役に誰が扮するのかが、学級会議で大問題となりました。
 演出家を兼ねた作者のヨウ子女史の意見では、この役はミワ子さんにふりあてるのが適当ということでした。これはいささか意外な見解なので、皆ちょっとけげんな面持ちで理由を問うと、
「ミワ子さんは笑い顔がステキだ。二十面相の道化師も、チンドン屋にまじってエヘラエヘラ笑いながら登場する。顔だけがいつも笑っている陽気なピエロが、じつは悪人の変装だったというところに着眼すべきだ」
 とヨウ子さんは言うのです。演技のうえでも、ピエロの扮装は、だぶだぶの道化服に顔は白塗りで、はでな身振りで客の笑いをとります。男が扮しているのか、女が変装しているのかわかりません。
 わたしたちは、ウンなるほどなるほどと、いくつもうなづきました。人を笑わせ、楽しませる役目の者が犯人だった――。ヨウ子さんによると、こういう反対の効果を「パラドックス」というんだそうです。
「パラドックスってなんだ?」 
 とわたしたちが訊くと、
「逆説、つまり逆もまた真なりってこと。真理に反対しているものもまた真理を主張しているってことよ」
 という、変な理屈です。いまから考えると、ヨウ子さんは、笑顔がステキで男子生徒に人気のあるミワ子さんに、多少の羨ましさと、少なからざる妬きもちを感じて、みにくい敵役を振り当ててやろうと、もくろんでいたのかもしれません。
 こうして、探偵劇「少年探偵団」は上演のはこびとなり、稽古も順調で、当日は見物のお客さんに拍手をもって迎えられ、わたしたちも大いにやりがいを感じました。わたしの明智小五郎も誠一郎の小林少年も、ミワ子さんの怪人二十面相も、すこぶる好評で、父兄も来賓も満足して帰っていったようでした。
 学芸会が終わって通常の授業にもどっても、しばらくの間は、わたしたちは扮した役のイメージをひきずっていました。何か世間を騒がせる事件があると、わたしは「われらの名探偵はどう推理する?」などときかれ、誠一郎は「小林くんにまもってもらわなくっちゃ」なんぞと言われます。かわいそうなのはミワ子さんで、何気なく笑いかけると、低学年の生徒などは、さらわれると思って、キャーといって逃げて行ってしまうのでした。
 まもなく、ミワ子さんは笑い顔を見せなくなって、無表情になってしまいましたが、男子生徒のあいだでの人気はおとろえることはありませんでした。むしろ、誰にでも愛想よくするということがなくなったので、わたしたち男の子は、自分が嫌われれているのか好かれているのか、彼女の顔つきから読み取ることができなくなり、おたがいにミワ子さんにたいする競争心を持つようになったのでした。

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