何故別れてしまったんだっけ…。
明確な理由や、事件は思い出せない、思い出せないけど、多分私が飽きてしまったのだろうと思う。
あつあつの卵かけ御飯や、その時だけの流行の服や、嘘を伝えるテレビのニュース番組がどうしても欲しくなってしまったのだろう。
でも一番大きな心当たりは、彼がセックスできなかったことかもしれない。
彼は、私に触ることを拒絶した。彼の中では「食べること」以上に、「セックスすること」は卑しいものだった。その思想はとても美しいと感じたし、私はその時彼が大好きだったからそのことを嫌だとは思わなかった。
けれど、次第に私は無骨なオトコの手が欲しくなった。私を飼いならす、オトコの手。私をモノのようにしてしまうオトコのモノ。
お前は無い物ねだりの馬鹿野郎だ。
そう鏡にうつる自分をなじると、キャスケットをかぶる私は、なんだか変なペテン師に見えた。
キャスケットを丁寧に元の位置に戻して、ごろんとベッドに横になる。
今ないものは、欲しいし、今あるものは、うっとおしい。人生とはままならないものだ。
「美智子—。」
したで声がする。
降りていくと、母が、作ったプリンを冷蔵庫から取り出していた。
「カラメルソースをかけて食べてね。」
私はプリンにとろりとカラメルソースをかける。
一口食べると、涙が出てきた。
今日はなんだかおかしい。私はいつもこんなに泣き虫じゃあないのに。
お母さんもプリンをとって自分の椅子に座ると、私の涙を見かけて、少し慌てて言う。
「どうしたの。ゆうじ君と喧嘩でもしたの?」
私は首をふる。そんなんじゃない、そんなんじゃあないの。
「仕事で嫌なことあった?」
やっぱり私は首をふる。仕事が嫌なんじゃないの。あの、タイプの音がどうしてもいやなの。自分が殺されているような気になるの。
「なんでもないの。」