小説

『オフィスレィディ』坂本悠花里(『女生徒』)

 「そうね。」
 「して欲しいの?」
 「お母さんはそんなこと言えた義理じゃないもん。それに、べつにちょっとそんなことを考えただけよ。」
 「そう。」
 お母さんはレンコンをしゃくっと、噛み砕いた。
 少しだけ私は自分の出した声が、いらついているように聞えてしまったかもしれない、と思った。それであわてて、「それよりカノンは?カノンやーい。」と言葉を出した。
 「カノンは日がな一日私と昼寝をしていたよ。」
 「そう。猫ってお気楽でうらやましい。」
 「美智子はそうじゃないの?」
 「私はもっと一日中忙しいもん。色んなこと考えたりしなくちゃいけないし。」
 「美智子もタイヘンね。」
 お母さんは、もうすっかりポタージュもパエリアも食べきっていた。
 私は昔から食べるのにはろのろしていて、1時間かけないと満足いく食事ができない。
 お母さんは自分の食べたお皿を流しに持っていくと、そのままお風呂に行ってしまった。
 すると、入れ違いでカノンが部屋にやってきた。
 「お前ってば、肝心な時にいないのだから。」
 カノンは私にすりよってきて、ご飯を求めた。
 「もう仕方ないなぁ。」
 私はカノンにキャットフードを出してやった。
 私はゆうじのことを考えてみた。
 「結婚はないだろうな。」
 カノンはコリコリと音を立ててとても丁寧に食事をしている。
 ゆうじは、私とセックスする時、そうじゃない時も、私の身体をとても乱暴に扱った。もしかすると、他のオトコの人よりはずっと優しいのかもしれない。けれど、私はどうしてもそれが嫌だった。
 もっとゆっくり、丁寧に、さわって欲しい。
 私の身体は、とても敏感で繊細で臆病で面倒くさいのだ。皮膚も、骨も、血液もちょっとしたことで、驚いて泣いてしまうのだ。

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