「男の人がいないと本当にお料理のメニューを考えるのがラクだわ。ああでも、カノンは雄猫だけど、文句は言わないね。」そう言ってお母さんは笑う。
お父さんはパスタとかパエリアとか、いわゆる西洋的な食事が食卓に並ぶのをひどく嫌がる人だった。
そんなお父さんは、お母さんと離婚して家を出て行って、お兄ちゃんは家庭を持って家を出て行って、今はお母さんと私と猫のカノンと3人でこの広い家に住んでいる。
時々こうしていると、自分が少女時代に叶えたかったこと全てが今実現されているような気がする。
オトコの人の低い声の響かない壁、オトコの人の下着のない洗濯機、オトコの人の為の食事ではなく、自分たちの為だけの、目と舌を楽しませる食事。
ポタージュはすりおろされた人参がしゃきしゃきとしていてとても美味しい。私とお母さんは交代で料理を作るのだけれど、やっぱりどうしてもお母さんの料理にはいっつもかなわない。食材も調味料も同じものを使っているはずなのに。
「そういえば。」
と、お母さんが口をひらく。
「ゆうじ君元気?」
私は驚いた。
てっきり、このディナーの主題は、いつもの通りカノンのことかと思ったからだ。
「元気じゃないかな。たぶん。仕事が忙しいみたいだけど。」
ゆうじは私の恋人だ。
「そう。じゃあ時間ができたらランチかディナーでもしましょう。」
「そうだね。」
もう1ヶ月、私はゆうじと連絡をとっていなかった。
私はそれでもそのことにどきりとも、ちくりともしなかった。淡々とパエリアを取る。
「美智子は結婚とか考えているの?」
「何故そんなこと聞くの?」
言いながら、私は少し笑ってしまった。
「そっか。まだ早いかしら。」
「今の子はそんなに早く結婚はしないよ。」
「そうね。」
「それに私は、する気なんてないし。」