仕事場を出てしまったのを強く後悔した。そうしたら、堅い床とはいえ眠れたし、第一、暖房があった。こんなに寒い思いをせずにすんでいたはずだ。
悔やんでも、もう遅い。今はとにかく、彼女の言う寮を目指すしかない。
彼女は「そこを右に」「あそこを左に」と道を教えてくれた。それを信じて、ひたすら歩く。
降り積もった雪は行く手を阻み、しかも彼女を背負っているせいでやたらと歩きにくい。足先の感覚がすでになくなってきていた。どこまで歩いても先が見えない。まるで無限回廊に迷い込んだようだった。
「あ、次の次を左に」
彼女の指示に従って、次の次を左に曲がる。なんだか同じところをぐるぐる回っているような気がしてきた。
きっと、こうやって雪山で遭難するんだろうな、と考えて、ぞっとした。
「次を左です」
彼女が指示を出す。その通りに曲がる。
脛のほとんどを覆い尽くすような深い雪に脚をとられながら、よろよろと歩き続ける。
「そこを右です」
はいはい、行きます。
とにかく彼女は実在している。雪女などではない。冷たいとはいえ、確かに存在している。背中の重みは、実在している。
とはいえ、彼女が言うとおりに歩いていても、ちっとも寮にはつかない。かれこれ、一時間ほど歩いているのではないだろうか。
そこでふと、疑問に思った。
「あのう」
「はい?」
「変なことをお聞きするんですけど」
「はい」
吹雪がおさまりかけた頃、ぽつりと呟いた。
「雪女、ですか?」
背負った彼女は、黙りこんだ。
「なんちゃって、そんなわけないですよね、ごめんなさい、あはは」
そんなことを言い繕って、黙々と歩いた。