小説

『YUKI-ONNA』 植木天洋(『雪女』)

 いつもながら、妙なことを言う母親だ。いちいち気にしていたらキリがない。スマホをしまって、仕事を続けた。
 なんとか最後の確認をすませて、書類をファイルにまとめた。それをファイルフォルダにおさめると、急いで荷物をまとめて、コートを着てマフラーをしっかり巻いた。
 そういえば、と女子社員にもらった熊のキャラクターがプリントされたホッカイロを引き出しから取り出した。一個しかないが、ないよりいいだろう。袋を開けて中身をとりだすと、それをもみながらエレベーターを呼ぶ。
 やってきたエレベーターにのって、倉庫の側にあるビジネスホテルへ電話をかけた。受付がすぐに丁寧な言葉で電話をとるが、結果は残念なものだった。
「申し訳ありません、本日はすでに満室となっております」
 みんな、考えることは一緒ってことか
 他にも数件電話してみたが、それでも満室続きだった。
 やはり、ここに残った方がいいのか。
 エレベーターホールに出て、考えた。
 しかし、明日は会社は休みだし、それに疲れてもいる。熱いシャワーを浴びて、温かいベッドでゆっくり寝たい。
 従業員用出入り口を開けると、冷たい風がどっと吹き付けてきた。思わず目をとじて顔に手をやって、風をよけた。預かった鍵で施錠すると、ニュース通り少しおさまった吹雪の中を歩き始めた。
 歩いている人影は、ほとんどない。倉庫街で真夜中近くに出歩く人は少ないし、特に今夜はこの天気だ。出歩く方がどうかしている。外灯があるのでほのかに明るくはあるが、視界は悪い。
 とにかく、駅を目指して歩きはじめる。電車はとまったといっていたけれど、駅前にバスのロータリーがある。電車は動いてなくても、車は動いているかもしれない。運が良ければ最終バスに乗れるだろう。それか、タクシーに乗る手もある。
 さっき眺めていたより吹雪がおさまり、今のうちだとばかりに脚を早めた。積もった雪に足が埋まって、親指がひどく冷える。雪が溶けてどんどん染みてきていた。歩くたびにぐじゅり、ぐじゅり、と音をたてる靴は不快で、氷のように冷たかった。
 なんとか見慣れた建物が見える中、ひたすら歩く。
 こんなに駅は遠かっただろうか? 歩いても歩いても駅は見えてこないような気がした。
「・・・いま・・・」
 人の声がしたようで、顔を上げた。容赦なく風が吹き付けてくる。
「だれか・・・」
 今度ははっきりと聞こえた。女の声だ。

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