また彼女から指示が出る。僕は「はぁ」とこっそり息をついて、ザクザクと雪を踏みしめながら歩いた。そこで、ふと気づいた。
足跡がある。まあ足跡があるのは当然なのだが、それは自分がつけたもののように見えた。深さ、足の引きずり方、歩いた方向――。
何となく、覚えがあるような。
「あのー、ひょっとして……」
「え、なんですか?」
「ここ、前も通りましたよね?」
吹雪の間に見える看板に、見覚えがある。真っ赤な背景に笑顔のモデル。目立つ企業ロゴ。
「あっ……そうかもしれません……!」
彼女があわてたように言った。
「あの、わたし」
「はあ」
「実は」
「……」
「方向音痴・・・なんです」
思わずくじけそうになった。彼女の指示通りにゴールに着実に近づいていると思っていたら、同じ箇所を歩き回っていたとは。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや、いいですよ、仕方ないですよ」
「本当に、ごめんなさい! こんなに歩かせてしまって」
彼女のあまりのあわてぶりに、遭難するかもしれないという危機の中で思わず笑みが漏れた。
寒さと疲労で、ちょっとどうかしてしまったのかもしれない。それとも、未だ彼女に下心を抱いているせいか。それでも、慌てる彼女がとても可愛らしかった。
恐縮する彼女を背負いなおして、歩き続ける。
とはいえ、どうしよう。このまま二人で凍死、なんて悲惨すぎる。カップルだろうか、などと誤解されるのだろうか。全くの他人だというのに。
こうなってしまっては行く先のビルがどこかもよくわからない。彼女の声はだんだん小さくなっていって、僕はついに雪の中で立ち尽くしてしまった。