そんなわけない、ああ、寒さと疲れでどうにかなったんだ。
「私……実は」
え、やっぱり雪女?
ドキリとして、思わず足をとめた。
「あなたのこと、前から好きだったんです」
ええええええええ?
「ランチの時、〇〇ていうお店をよく使ってらっしゃいますよね?」
「え、あ、はい、そうですけど・・・」
「そこでよく見かけたんです。なんだか素敵な人だなあって」
限られた休み時間に昼飯をかき込む自分を見て、なにが素敵だったんだろう。人の好みは様々だ。
もちろん、こんな美人にそんなことを言われて、嬉しくないわけがない。
「いや、ぜんぜん気づきませんでした」
「私は、いつも見てました」
「声、かけてくれたらよかったのに」
「でも、照れくさくて。知らない人にいきなり声をかけられたら困るでしょう?」
確かに、自分だってこんな大雪でもなければこんな美人に話しかけるなんて考えられなかった。
「それなのにこんな状況で出会うなんて、運命かもしれませんね」
そんなくさい台詞も、この非常事態ではくさく聞こえない。
だって、ひょっとしたら死ぬかもしれないんだから。
背負った彼女は相変わらず氷のように冷たくて、しかもどんどん重くなっていく。それでも、彼女の意外な告白に気分が高揚して、頭の中は暑いぐらいだった。
とは言え、その熱気がつづいたのも暫くの間だった。いい加減足も疲れて、一歩一歩が重くなってきていた。彼女の言うとおりに曲がったりまっすぐ進んだりしながら、やはり同じところをぐるぐる回っているような気がする。
そうなると、再び母親の言葉が頭をよぎる。
――雪女に気をつけんばよ――
振り返って、彼女の顔を見ようとした。しかし姿勢が悪くて、彼女を見ることはできない。
「ええと、ここを左に……」