小説

『hallacination』霧夜真魚(『赤い靴』アンデルセン)

女の子は一目散に家へ駆け込んでいく。家に入っていいものか迷っていると、赤い靴が「入るように」と、妻の足を叩く。誰かいないか伺いながら入ると「早く、早く!」と、階上から女の子の笑い声が聞こえてくる。赤い靴は軽やかにステップを踏みながら階段を上っていく。妻はその後について行った。
廊下の突き当たりの部屋から明かりが漏れている。女の子がその部屋に入っていくのがちらっと見えた。妻は赤い靴とともにその部屋へ行くと、ドアの隙間から中を覗いた。若い女がドレッサーに向かって座り、化粧をしている。足元の箱に、真新しいエナメルの赤いハイヒールが入っている。妻はその靴に魅せられ、部屋に入っていくと、そのハイヒールの前に立った。
「きれいでしょ。買ってもらったの。あなたのはどこ?」
「私の?」
「買ってもらったでしょ、赤い靴」
「知らない……」妻は首を横に振る。
二人は鏡の中で視線を交わした。若い女は、ふんと鼻で笑い、化粧を始める。「何か用?」
「女の子を捜してるの」
「ああ。そこにいるんじゃない?」
と、クローゼットを見やる。妻は、そのクローゼットを見て眩暈がした。狭くて、暗くて、苦しくて、誰も助けに来てくれない……視界が大きく揺れて、ドクンドクンと体中が脈打つ。何か大きなものにのみ込まれそうで怖くなり、目をぎゅっと閉じて、頭を両手で抱えた。
すると、どんどん!どんどん!と、クローゼットの中から女の子が叩く音が聞こえてくる。
「音を立てたら、だめだって言ってるでしょう!かくれんぼなんだから!」
若い女はクローゼットの中にいる女の子を怒鳴りつける。
どんどん!どんどん!どんどん!
若い女は鏡越しに妻を見て、
「何度言ってもわかんないのよ、あの子。鬼が見つけるまでは静かにしてなさないのに。だからね、鍵をかけたの。言っても分からないなら、こうするしかないでしょ」
若い女は鍵を弄びながら、妻に笑いかける。
「あなたもそう教わったはずよ」
体中がカッと熱くなる。若い女が妻を嘲るように笑う。妻はさっと若い女の手から鍵を奪い、クローゼットの扉を開けて愕然とした。そこに、洋服の下に骸骨になった女の子が座っているのだ。

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