「おおっ、素晴らしい! これは絶景かな、絶景かな」
「これって……いったい……」
「ムーさん。あの鯉を捕ってきてくれないか?」
「へっ?」
「あんな生き良い鯉、逃がす手はない。さあさあ、早く早く。逃げちゃう逃げちゃう!」
そう言ってシーズー男は跳ね上げ式の車窓を引き上げた。
上げた窓から水草が放つ独特の臭気と河の清純な空気が入ってくる。
「さあさあ、ムーさん。行った行った!」とシーズー男は僕を窓から身体ごと押しだそうとしてきた。
「えっ! えっ! ちょっと……」「大丈夫だから、大丈夫だから。ほらほら捕ってきて!」
想像以上の力で押されて僕は無理矢理に窓から投げ出される。
抵抗できずにされるがまま足から飛び降りたかと思うと足裏が地に着いた。
え? ――窓から飛び出した先に広がる光景は同じ客車の中だった。
惚けながら周囲を見渡す。
間違いなく先ほどと変わらない車内だ。
我に返るように僕は後ろを振り返る。
背後にある車窓には、さっき自分が描いた大河の風景が流れ見えた。
訳も分からずに突っ立っていると聞き覚えのある声が前の席から聞こえてきた。
「おー、ムーさん。来た、来た」
目の前にあのシーズー男が両手に一升瓶と二つのお猪口を万歳するようにかざしながら呼んでいた。
「あの……ここって……?」
「いい焼酎を持ってきたんだ。ムーさん、酒をたしなむだろう? だったら座った、座った。一緒に飲もう飲もう」
言われるがまま、僕はまた向かい合わせに席に着く。
座って早々にシーズー男からお猪口を渡されると、彼は重そうな一升瓶を慎重に傾けてお酒を注いでくれていた。
「この焼酎、旨いんだ。良い旅路には良い酒ってね。そう思わないかい、ムーさん?」
「はぁ……」
シーズー男は自分のお猪口にも酒を注ぐと口に傾け、くいっと一気に飲み干す。
そして深く長い吐息を吐いた。