小説

『白い銀河』洗い熊Q(『銀河鉄道の夜』)

「良い酒、良い列車、良い出逢い。……これだけ良いものが揃っているのにどうしても物足りないんだ」とシーズー男はしんみりと窓の外を眺め始めた。
 釣られて車窓に目が行くとそこにあった景色は――また真っ白な世界だった。
「よう、ムーさん。この焼酎に合う味わい深い風景はここに無いものかね」
「え? そうですね……」
 シーズー男からの説明を受けなくともここにまた描けということは何となくわかっていた。
 さて、何をどう描こうか……。
 注がれたお酒を見つめながら僕はあることを思いついた。
「あの……僕のお酒を持っていてくれませんか?」
「お? いいよ、いいよ」
 僕は自分の酌をシーズー男に手渡す。そして先ほど受け取っていた筆ペンを取り出した。
「筆先が駄目になっちゃうかな……あとお酒ももったいないけど」
 持った筆ペンの先を持って貰っている酌に軽く浸す。
 そして余分な水気を落とすと、白い盤面に向かって軽く突っつくように筆先を付けた。
 付けたところを中心に薄まった墨が円になって広がる。広い盤面に小さい灰色な球体が出来た。
 その小さな球体を僕は白い世界の中のあちらこちらにと描く。
「お、お? これは、これは……」
 シーズー男が横でうわずった声を上げるのを後目に僕は納得いくまで球体を描く。
 そして予め空けておいた空白部分には大きな一つの円を描いてみせた。
 その大きな円の上部に一回り小さな円を乗せてあげる。
 一回り小さな円。その中の丁度良い部分には黒い丸を二つ付ける。
 二つの黒丸の下。横一文字の口を付ける。
 眉もあった方がいいか。黒目の上には太い眉を斜めに付けてあげる。
 後はバケツの帽子。手もあった方がいい、枝の先に付けた手袋を。
 一体だけじゃ寂しいよね。一体の横に小さなもう一体を描いてあげよう。
「お? 親子だね」とシーズー男が言った。
「そうですね」

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