普段から和紙に描くことが常だったため、感触に戸惑うことなくそのまま筆を波打つように走らせ、僕は一本の跳ねるような線を描ききった。
盤面に対してほんの小さな線だが、白い背景に美しく滲むその線に僕は思わず笑みをこぼれる。
「さあさあ、ムーさん。続けて描いて」と隣で勧めるようにシーズー男は両手の肉球を見せながら言ってきた。
僕は無言で肯き、最初に描いた線から得た印象のままにさらに筆を走らせていった。
最初の一本に添うように長くうねる一本を継ぎ足す。
その一本が添うと更に長い一本を這わせる。
それではと今度は少し短い一本を継ぎ足してゆく。
うねる線は足してゆくほどにそれが流れになって、それが波となる。
波になって眼を引いて広く見ればそれは河になっていた。
墨の河に何か物足りなさを感じると、河の上部に空いた余白に向きの違う線を描き足す。
今度の線は上へと向かって伸び、そして気持ち筆へと伝わる手の力を弱め微かな陰影を持たせた。
堆く伸ばすと頂上を付け、線は河へとまた下らせた。それを数本繰り返す。
河の背景に遠くに見える錐の山が数本立った。
風景が出来上がるとその中に命の息吹が欲しくなった。
僕は慎重に細い筆先を付けると細やかに丁寧に、筆を巧みに動かし川魚を数匹描いた。河の上で跳ねる鮒だ。
「おー鯉だ、鯉だ。生きのいい鯉だ。私は鯉の洗いが大好きだ」とシーズー男が描ききった魚を見て隣で騒いだ。
「え? ……いやや、生きがいいって言ってくれるなんて有り難うございます」と僕は言いながら、本当は鮒のつもりなんだがと思いながら照れた。
気が済むまで筆を付け、一度身を引いて全体の出来を見れば窓には流れる大河が描き上がっていた。
我ながら奥行きのある絵が仕上がって満足だ、そう思った瞬間だった。
描いた一匹の鮒が胴体を捻り動いたかと思うと――ポチャン。
波紋を立て河へと飛び込んだ。
驚くと共に描いた他の鮒も次々と河へと飛び込む。
飛び込んで広がる墨の波紋に相互するようにうねる河の波がゆるりと動き始めた。
流れていく墨の大河。遠方に見える山々もその頂を誇りながらゆっくりと流れる。
緩やかに波打つ河からは、先ほど戻っていた鮒たちがここに生きているぞとばかりに勢いよく河上を跳ねていた。
壮大な大河の光景にシーズー男が賛美の声を上げる。