――真っ白な世界だった。
何もない。窓枠に紙でも貼られているのではと思うほど白い景色が広がっていた。
「……えっ?」
「この列車、私はこのたたずまいが大好きなんだが、どうも景色がつまらなくていかん。いつまでも、いつまでも続くのがこの白い景色のみ。どうも情緒がない」
「これがずっと続くんですか……」
「で、そんなつまらない旅路を見かねてか運命の神様はムーさんを使わせてくれた訳だ。いやはや有り難い」
「はぁぁ?」
シーズー男はコートの内ポケットをゴソゴソと手で探り始めた。
そして何かを見つけたと男の目が輝くと、彼が取り出してきたのは一本の筆ペンだった。
「奇遇かな、私は一本の筆ペンを持っているのですよ」
「はぁ……」
「これでムーさんに、つまらない車窓に情緒豊かな風景を描いて貰いたいのだ」
「えっ!?」
「さあさあ、早速に描いて、描いて」
「いや……そんなに上手くないし、描いたところで窓に落書きみたいに描いた景色をただ見つめるだけになるだけで……」
「いいから、いいから。描いてみなければ上手いも下手もわからない」
そう言いながら男は僕に無理矢理にと筆ペンを握らせてきた。
頭を掻きながら僕は困ってしまったがとりあえずは筆ペンのフタを取り、僕は真正面に窓と向かい合う。
向き合ったところでガラスに筆をつけたら滲んで垂れることは予測がつくし、描く景色も思いつかない。
「あの……本当にこの窓に描いちゃっていいんですか?」
「とりあえずに筆を置いてみなさいな。まずはそこからはじまるんだから」
「そうですか……」
渋々ながら僕はガラスにそっと筆を置いてみた。
――あれ?
堅いガラスの感触を筆を伝って感じると思っていた僕は驚いた。確かに堅い感覚は感じた。
だが筆先はすっと吸い付くようにガラスに馴染むと、白い盤面に墨が染み入る感触を筆を伝って僕に教えてくれていた。