小説

『白い銀河』洗い熊Q(『銀河鉄道の夜』)

 シーズー犬がそこに座っていた。
 は? と唖然と見つめる僕を後目に、その巨大なシーズー犬は舌で鼻をぺろりと舐めると低く渋い声で喋り掛けてきた。
「やあ。こんにちは」
「こ、……こんにちは」と思わず僕は身を引きながら挨拶を返した。
「お兄さん、一人旅かい?」
「えっ? ……まあ一人ですが」
「ここで逢ったのも何かの縁。目の前の席がせっかく空いているんだ。ここに座りなさいな」とシーズー男は向かい合わせにある座面をピンク色の肉球を見せながら勧めてきた。
「は……はぁ」
 周囲も空きっぱなしなんだがと思いながらも、僕は勧められるままに向かい合わせの席に座った。
「お兄さん、名前は何ていうんだい?」
「えっ? ……山村といいますが」
「やまむら……じゃあ、ムーさんだ。ムーさんでいいな」
「はっ?」
「ムーさん、よろしく」
 随分と馴れ馴れしいなと感じながらも、その愛くるしいシーズー男の顔に怒る気は失せていた。
 自分からも何か聞こうかと咳払いをしたがシーズー男は間髪入れずに話し始めた。
「ムーさんは何か趣味を持ってるのかね?」
「はいっ?」
「好きなこととか、得意なこととか。何やらそんな物を持っていそうな顔をしている。うん、きっとそうだ」
 勝手に決めつける奴だなと思った。だが僕は自分が今まで続けていることが頭に浮かんでそれを話した。
「えっと……水墨画を習っていて……そんなに上手くはないんですが」
「おおっ、水墨画! それはいい! 丁度いい!」
「丁度いい?」
「ムーさんや。ちょっと外の景色を見てくれないか」
 今まで僕は特に気にしていなかった、外の景色など。シーズー男に言われ初めて視線を車窓に移した。
 古んで黒ずんだ木枠で跳ね上げ式の車窓。その枠から先に見える光景。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12