シックなテーブル席に椅子。間仕切りの室内の壁窓には蔦柄の装飾。
優しい色合いの明かりで照らされているここは、いつも入り浸っているギャラリー喫茶の店内だった。
離れたテーブル席に客の若い母親たちが数人、そしてその子供たちがいた。
僕は頭を掻きながら身を起こすと、ここの若い女性マスターが声を掛けてくれた。
「ムーさん。すっかり寝ちゃっていましたね」
「ああ……ご免なさい。疲れていたのかな……」
「珈琲でも飲みます? ブレンドで?」
「ああ、ええ。それお願い」
「ちょっと待ってて下さいね。先のオーダーを済ませますので」
彼女は棚にあった小さなシーズー犬が幾つも描かれた蒼色のカップを取っていった。僕のお気に入りのカップだ。
寝ていたカウンターの上を見ると、あの子供たちが遊んでいたのだろうか数枚の画用紙。それに色鉛筆やらクレヨンやらが散乱していた。
僕はおもむろに画用紙を一枚。そして黒鉛筆に消しゴムを取った。
取った画用紙に鉛筆の先を斜めに当てる。
そして擦り付けるようにして画用紙の一面を鉛筆で真っ黒に描いた。
真っ黒な盤面。
今度は消しゴムを手にとって黒い背景を擦り消してゆく。
細かく丁寧に。先を尖らすように消したり、弧を描くように消したり。
気の済むまで消して、用紙に残った消しカスを払えば。
――黒い背景に飛んでゆく幾十羽の白い鳩たちが浮かび上がっていた。
「あら、素敵! どうしたんですか急にそんな作品を描くなんて?」
マスターの彼女が珈琲とクッキーが乗った小皿を持ちながら僕の作品を覗いていた。
「あ、いや……なんか描いてみようかと思って、たまには」
「ムーさんがそんな絵を描くの珍しいですね。でも、とっても素敵ですよ」
「ええ? そうかなぁ」と僕は思わず照れた。
「ムーさん?」
「はい?」
「消しゴムのかす、飛ばさないで綺麗に片づけて下さいね」