小説

『星めぐりの』ノリ・ケンゾウ(『 銀河鉄道の夜』『双子の星』宮沢賢治)

「お父さんから聞いたの」
「ねえさん、お父さんに会ったことがあるの」
「あるよ」
「お父さんって、すごいんだねえ。物知りだ。空にも川があるなんて、すごいねえ」
「ううん、違うの。見てシュウタ、水の中。たくさん、星が映っているでしょ。あれをね、お父さんが、昔の人が川の中に映る星を見て、天の川だって名付けたんだよって云った」
「そうなんだ、お父さん、すごいねえ」
「うん。でもそれ嘘かもしれない。お父さん、適当なことばっかり云うから」
 ミヤコはそう云ったきり、黙り込んで、ミヤコが黙り込むので、シュウタも黙り込む。ミヤコが父と川のほとりで満面の星空の下、一緒に歩いていたとき、ミヤコはちょうど今のシュウタと同じくらいかそれよりちょっと大きかったかで、たしかミヤコも平仮名で、みやこ、と書けるようになったくらいの頃、父があれこれと空や川をみながら何かを云っているのを、分かるような分からないような半分ずつの感覚で聞いていて、父はそのとき、もしね、父さんに会えなくなったら、またここに来て星めぐりの口笛を吹いたらいい、父さんきっとミヤコのところへやってくるよ、と云った。
 シュウタはミヤコが黙ってしまい手持ち無沙汰になって何気なく目を空や川に浮かべてゆらゆらやっていると、ミヤコが口を少し尖らせ、空気で器用に音を出すのが耳に入ってきた。
「ねえさんなあに、それ」
 と云ってもミヤコは何も答えず、仕方なくシュウタはとりあえずミヤコの真似して口をすぼめるが、ふうふうと息が漏れるだけで音はでない。何分かミヤコは口笛を続けて、やがてやめた。
「もしかしたら、お父さん勘違いしてるのかも、あれって本当は歌だから。歌をうたったらいいのかも」
「ねえさんうたうの」
「そしたらお父さん、くるかもしれない」
「じゃあ僕もうたおう。お父さん、呼ばないと」
「シュウタ知ってるの?星めぐりの歌」
「知らないよ、でもぼくうたうよ」

 あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲の つばさ
 あおいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたい
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ
 小熊のひたいの うえは
 そらのめぐりの めあて。

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