小説

『星めぐりの』ノリ・ケンゾウ(『 銀河鉄道の夜』『双子の星』宮沢賢治)

 云いながらなんだか楽しくなってきて、シュウタはぐいぐいとミヤコを引っ張るような足取りで、川の音が響く方へと歩いて行く。
「シュウタこの道、本当に合ってるの。川、あるの?」
「あるよ、ねえさんまだ聞こえないの、川の流れる音」
「聞こえないよ」
 どう耳を澄ましてみても、ミヤコには音が聞こえない、ということはシュウタには人並み外れた聴力があるのかもしれない。とはどうしても思えないからやはりシュウタが聞いた川の音は空耳、もしくは幻聴、思い込み、であると考えるのが妥当で、だけれどもシュウタに連れられて歩いてみると本当に川のほとりに辿り着いてしまったのだからシュウタには驚いた。
「シュウタすごいよ、川、本当にあった」
 誇らしげに、でしょう、と云うシュウタはしかしすぐに、あれ、と不思議がるように首をかしげて、
「でもお父さん、どこにもいないねえ」
「お父さんは、まだ。これから呼ぶの」
「そうなの、これから呼ぶの」
「うん、これから」
 夜の暗さの中に紛れてしまっていたのだろうか、川の水面に映った数多の光の粒が現れてようやっと、この土地の空一面に、数えきれぬ程の星々が広がっている様子が露わになった。シュウタも空を見た。星がすごく綺麗だ。
「ねえさん見て、星がすごく綺麗」
「うん、もうとっくに見てる。すごく綺麗」
 とっくに、とミヤコの云うのはいつからなのか、さっき川に星が映ったときなのか駅に降り立ったときからずっと見えていたのか、分からぬが、夜空に配られた星たちは辺りを照らし始める。これまで見えてなかったものが見えてくる。川の上流にある山々、小道にばらまかれた枯れ葉や川のほとりに茂る水草、まだ温もり残る人家の食卓、季節から外れ人気のなくなるキャンプ場、眠りにつく猫、電気ストウブのオレンジ色の光、母と子の会話、祖母と孫との会話、あちこちにある一家団欒、などが浮かび上がり、一集落の姿を象ってゆく。ミヤコとシュウタはそんなようなとこに、来ていた。ミヤコはこのような集落の片隅で流れる、この川に来たかった。
「天の川」
「なあに?」
「天の川。ほら、空見て。ああやって、いっぱい星があるところを、天の川っていうの」
「天の川。綺麗。ぼく天の川好きだ」

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