ミヤコに持ち上げられ、運転席の後ろの窓から前を覗けるようになると、シュウタは、見えた!と叫んでたちまち目を輝かせ、ジタバタする。
「ちょっと。動かないでよ。重いんだから」
と云われても夢中のシュウタの耳には入らない。
「ねえさん見て、すごいよ。線路が電車に食べられてく。どんどんどんどん吸い込まれるよ」
「電車は何も食べない。電車の方が進んでるの」
そんなことは知っている、と思ったのかどうか、シュウタはミヤコの言葉に耳を貸そうともせず吸い込まれ続ける線路を見て、やっぱりどうしても電車が進んでいるのではなく、線路が電車に食べられてなくなっていくように見えるし、それが面白くて堪らない。
「もういいね、降ろすよ」
えー、と駄々をこねるシュウタに、ミヤコは座席の方を指差し、
「あそこに乗ったら、外見えるから」とシュウタを座席の方へいくように促す。座席に後ろ向きになって膝立ちすると、ミヤコの云う通り、右から左に流れていく風景がよく見える。そしてやっぱりシュウタには、電車が進んでいる、というよりかは風景が後ろに後退しているようにしか見えない。どうしてか。このくらいの年齢の子供には、そのように見えてしまうものなのか。それともシュウタの感受性が少しずれているのか。まあとにもかくにも、シュウタが静かになったのだから、いいかもしれない。
何度か電車を乗り換えても、シュウタは飽きることを知らず、外の風景に目を凝らし続けた。二人は途中で乗り換えのタイミングで、少し早めの昼ご飯を食べたりもした。ミヤコが家で握ってきたおにぎりや、母がよく買い貯めているクッキーなどを持ってきていて、それを食べた。もうずいぶんと遠くに来たのではないか。昼はとっくに過ぎたし、電車に乗っている人の数も減り疎らになった。ともあれミヤコとしてはシュウタが外の景色に目を奪われて大人しくしているのはよかった。また前が見たいなどと云われたら、たまらないのだが。シュウタの面倒をよく見ているミヤコの様子に、近くに座っていた老婆は感心でもしたのだろうか、ミヤコに声をかける。
「おねえちゃん、えらいねえ。弟の面倒ちゃんと見て」
ミヤコは頷いたのか恥ずかしくて顔を背けたのか、どちらかして、老婆に何か言葉を返した。それはミヤコの住む街ではあまり見ない光景であったが、この地域ではよくあることなのかもしれず、そのようなことにミヤコは慣れていないので、少し戸惑ったかもしれない。その後いくつか問答をやり取りして、どこまで行くの、とかそういったことも老婆に聞かれ、飴玉までもらった、そのときミヤコは行き先を答えたかもしれないし、それに対して老婆が、まあ、そんなに遠く、などと驚いたかもしれぬが、窓から見える、次々に現れては消えてゆく家々、田んぼ、木や電柱に釘付けになっていたシュウタはもちろん聞いてやしなかったから、シュウタはやっぱりどこに行くのかは分からぬままで、まず初めに飴玉の老婆が降り、高校生の、シュウタにとっては大人程、またミヤコにとってもやはり大人らしく見える女の子が降り、大きなリュックを背負った男の人が降り、杖をついた老人が降り、また一人、また一人と乗客が皆降りていって残ったのはミヤコとシュウタだけになり、それでも二人は降りず、いったいどこまで行くのだろうか、日は夕焼けに変わり赤く窓の外から映り、落ち、辺りが薄暗く、静かになっていって、シュウタなどはいつの間にか眠ってしまっていて、電車の音がガタンゴトンと響くのみ。