小説

『忘れえぬ訪問者』登石ゆのみ(『忘れえぬ人々』)

 二人は黙り込んで、小さい画面に映った広大な景色に見入る。
「これは、再放送か何かなのか」
「わからない」
 しばらくして、画面が切り替わり、一人の後ろ姿が写り込む。
 水くみをしていた。
「まさか……」
 その人物は、顔に深いしわを何本も携えた老婆だった。
「この人だ……」
 老婆は表情を変えず、しかし穏やかな表情で画面越しに話しかけてきた。
――やあ、元気だったかい?
 中国語であろう老婆の言葉は、字幕変換されていた。そしてその言葉は、まるでこちらに話しかけているようだった。
「はい、おかげさまで」
 宿の主人である春丘は、職業病なのか、はたまた酔いが回っているのか、律儀に返事をする。
「おいおい、そんな返事をしても……向こうには聞こえないよ……」
 中津の注意はしかし、外れることとなる。
――そうかい、そりゃあ、何よりだ。
 なんと、老婆が春丘の返事に、応えたのだ。
 中津は驚いていたが、春丘は何か受け入れたのごとく、そのまま会話を続けた。
「はい、そちらもお元気そうで何よりです」
――ああ、自然に囲まれていたら、年取るのを忘れてしまったよ。
 老婆は、やはり表情を変えなかったが、どこか笑っているようだった。
「それはうらやましいです。自然は偉大ですね」
――ああ、全くだ。
 どうやら、会話形式のドキュメンタリーではなく、本当に老婆がこちらに話しかけているようだ。固まってしまった中津は隣で聞いているのがやっとだった。
「またお目にかかれて光栄です」
 寝転がった姿勢を正し、ちょこんと正座をして、かつての作者は頭を下げる。

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