「ボロ家じゃないよ、アジトだよ! あと静かに呼んでくれない? 秘密結社に見つかっちゃうじゃん!」
そう言って口を尖らせつつも、母親の声にしたがって駆けていく少年。しかし途中で気になるものを見つけて、唐突に足を止めた。
かつてはタンスだったのだろう物体から、箱が覗いている。
少年は吸い寄せられるようにそれに近づき、むりやり引っこ抜くと、一転して慎重な動作で蓋を持ち上げた。
思わず息をのむ。
そこには石があった。清廉でありながら危うい、そんな光を放っていた。キラキラしつつも、ギラギラであった。少年はすぐに魅了され、肌身離さず身に着けることを誓っていた。
少年はそれで満足してこの場を去って行ったが、箱にはまだ中身があった。何の変哲もない紙切れに、以下のことが記してあった。
『戦うのも、もう疲れた。
世界各国が、私一人を殺すために団結して、もう何年になるだろう。どの国も肩を組んだり握手を交わしたり、実に仲の良いことだ。技術や文化の交流も盛んになっているようだし、私以外はとてもグローバルで平和な世界になりつつある。それに何より、不思議なことだが、誰もが「やれば出来る」と言うようになっていた。つまらない顔ばかりしていたはずの大人たちが、なんだか、とても懐かしい、キラキラした目で。
「魔王タナカを倒すんだ! われわれ勇者が倒すんだ!」
そう、声を揃えて訴えているくらいだ。まるでファンタジー世界だよ。誰もが勇者を目指す時代が来たのだ。前線で私に襲い掛かってくる連中までそんな感じなのだから堪らない。私に撃墜される間際まで、キラキラしながら突っ込んでくる。「あとは任せた」そう言って。
私は今から死にに行く。殺してもらいに行ってくる。
もうたくさんだ。彼らのキラキラを見るたびに、もう、どうしようもなく参ってしまうのである。
だがこの石だけは置いていく。今の、軍がいることが普通の世界において、これの存在は災いの種にしかならないだろうから。結果はどうあれ、私が求めてやまなかった物でもあるし、ただ捨てるのも、情けないことだが、もったいない。それならば、君のような“同志”に持っていてほしい。そう考えた。
身に着けるだけで、ほぼ何でもできる代物だ。だから、君がこの箱を手にしたことは偶然ではないのだよ。
だが、使う際には躊躇しろ。時間に干渉はできないから、やり直しはきかない。加減という言葉を忘れたとき、君も魔王となるだろう。