小説

『種』もりそん=もーりー(『変身』)

――俺は出来る。俺はやる。あいつらは死んだ。俺は違う。俺は出来る。俺は……。
 何度も復唱する。心の中で。何度も何度も復唱する。
――あいつらは死んだ。俺は違う。俺は出来る。俺はやる。あいつらは……。
 そして、田中はふと気づいた。寒くもないのに、自らの体が震えている。知らないうちに歯を食いしばってもいる。まるで怯えているようではないかと、わかっていながら呟いた。
 自分の行く道は、本当に千里なのか。千里だとするならば、自分は今どのあたりまで来ているのか。
 田中は26になる。アラウンド・サーティである。
 「夢」を抱いて努力して、かれこれ20年の月日が経っていた。
 ……いつまでだ?
 田中は自問してしまう。いつまでだ? いつまで努力をすればいい? それを思うといよいよ怖くなって、布団の中で膝を抱えてブルブルと震えた。
 ――俺は違う。俺は出来る。俺はやる。あいつらは死んだ。俺は違う。俺は……。
 その日はそのまま、丸くなって、種のようになって、しばらくしてやっと眠った。

 田中の内心には、常人と同じ「卒業」の念など浮かばなかったのか。はたしてそうとも言い切れない。たとえ鼻先にあっても見ないふりができるのが人間である。
 彼は常に壁に向かって走っていたようなもの。だからこそ許せなかった。彼が努力した時間は濃密で長い。「卒業」とはつまり、それらを丸ごと投棄することに他ならず、並々ならぬ思いの積み重ねを、すべて否定するようで、堪らなく嫌で恐ろしかったのだ。
 強い強い不安や焦り。田中という大きな少年の中では、それが渦を巻いていた。ちょうど桶一杯の蛇が蠢くような感触であり、安眠など出来るはずもなく、種の体勢はますます様になっていく。膝だけでなく肩まで抱えるまでになったところで、ギュッと縮こまった体の、そのわずかな隙間に、コロリと何かが零れ落ちた。
 それは石であった。清廉でありながら危うい、そんな光を放っていた。
 キラキラと。ギラギラと。
 翌朝。石を、光を見た田中はすぐに魅了され、肌身離さず身に着けることを誓っていた。
 そして。

―――振りかぶった拳が山を割る。

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