小説

『種』もりそん=もーりー(『変身』)

「お前、おかしいよ」
 かくして同僚の反応は芳しいものではなかった。結局、と思った。ショックだった。しかし何よりショックだったのは、やっぱり、とも思ったことである。田中は知らぬうちに、自らが最も嫌う感情を浮かべていたようだった。
 けれど田中は言うのである。
「ああそうかい。きっとお前もこうだった」

 このことは夜遅くまで引きずった。

 いつものようにダンベルを上げたり腹筋をしたり、壊す勢いでサンドバックを叩いていた田中。しかしどうも気分が乗らないようで、ときどき動きが悪くなる。その顔は浮かない。何よりキラキラしていない。これでは意味がないと思い、田中は初めて訓練をサボり、早々に寝床へ潜り込む。完全に調子が狂っていた。
 ―――為せば成る、為さねば成らぬ、超能力。
 夜の暗がりに目を凝らせば、一人暮らしの室内だ、壁に貼ったそれが良く見える。「やれば出来る」の精神を、幼いころに込めたもの。当時はみんながキラキラしていたと、田中は思った。
休み時間はいつも会議に訓練だった。いつの、どこの、どんなヒーローがどれだけ強いか。どんな技を持っているか。ちょっとやってみようだとか。そういうことを、誰もが揃って取り組んだ。誰もがそれだけ夢中だった。その様子にニコニコ笑って、夢は大きくなんて言って、「やれば出来る」と教えた、そのころの大人たちを見て。経験者なんだ。経験者がいるんだ。そうか僕も頑張ろう。そう思って見習って。
 それがどうだ。
 キラキラするのは自分だけになっていた。その自分でさえ、未だに「夢」に届いていない。それなのに。「やれば出来る」と。「やらなければ出来ない」と。大人になったあいつらは、今の子供に、どんな思いで言っている。
あいつらは死者だ。自らが死なせているのだ。あまりにも情けない。その上、あいつらは自殺を、その不甲斐ないだけの自殺を、あろうことか「卒業」だと言い繕っているのである。ふざけた輩だ。ただ腐っただけだろうに。
 俺は違う。絶対に「卒業」しない。訓練すれば必ず使えるのだ。超能力だって何だって。千里の道も一歩から。努力は必ず実を結ぶ。そういうふうに出来ている。
 田中は胸中で、この考えをダイアモンドのように扱っていた。尊く、そして固い。確立したものであると。そう信じていた。夜が更けるにつれ、田中は意識してこればかり考えるようになっていく。

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