小説

『I am 救世主』亀井ハル(『桃太郎』)

 こういう時のイヌの冷静さは私のむかつきに拍車をかける。
「じゃあとりあえず休みませんか?幸いこの近くにはあの化け物もいそうにありませんし。傷が癒えれば私も十分みなさんのお役に立てると思いますよ」
 なんで半年ひきこもって,やっと旅立とうと決心した門出に,踵を返してソファーでまったりしなきゃならんのじゃ。
「それが賢明だな。桃もそれでいいよな」
 胃の中の黒くドロドロした私の想いをこいつらにぶつける為に私は大きく一呼吸した後口を開いた。
「やっつけるのも逃げ出すのも私の趣味じゃないわ。共生よ。共生。きょうSAY!よ。みんなで考えようなんて言ったけど,ごめん嘘。私がしたいようにするわ。だって私の中で一番は私だから,必然的に私の考えが一番大事なのよ。そうなのよ」
 イヌも小猿も私を見ていた。その視線には少なからず,やだ味が混ざっていたけどそんなの関係ねえ。私が今,ここに立って,こいつらに話しているこのことが大事なのだ。脳みそからビュービューアドレナリンが出て,バッキバキの今の私にゃどんな戦よりも話し合いという名の桃ちゃん演説の方が素晴らしいのですわ!
「私,動物とも話せたじゃない。じゃあその化け物とも話せるかもしれないし。どこにいったって常識の外のこの世界じゃここしかないのよ。そこなんて場所はない。全部ここなのよ。だったら,やったろうじゃない。共生という最強の武器掲げて,いっちゃろうじゃない!共生!共生!共生!共生!共生!共生!共生!共生!共生!私は愛の歌をその化け物に歌ってやるわ!共に生きるのはあなた。ホモ・サピエンスなんかじゃないのよってね」 
 小猿の目は相変わらず潤んでいたけど,恐怖よりも支配されることに対する快楽を奥に秘めていた。陰気な雉も悟りのイヌもみんな思考が停止して,やるしかないのだなと諦めにも嘲りにも見える表情で私の横に立つ。さあ行きましょう,歩いていきましょう。優雅に。そしてエレガントに。こんなにワクワクするのはいつぶりかしら。頭の底からなんかがドパドパ出て止まんない。この一歩は永遠に語り継がれるだろう。どうしよう,もっといいスニーカー買っとくんだった。だけど備えあれば憂いなし。どんなに歩いても私の体は疲れないわ。筋トレまじ最高。それでは行きましょう。みんなで行きましょう!少し黒ずんでいるような優しい雨が降り続いているようなそんな匂いが一瞬鼻先をかすめた。この街は私の部屋。この星は私のものなんだ。夜が明ける前に一足早く,私は太陽のようにいつまでもいつまでも光り輝くのでした。つづく。

 


3分後に私の頭からにょきにょきキノコタケノコ元気の子と角が生えてきたことを動物たちはまだ知らないのであった。

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