小説

『小さな私の思い出』加藤饅頭(ヘルマン・ヘッセ『少年の日の思い出』)

「あ、そうだ」弟が鞄からiPhoneを取り出した。
「なんです?」
「これ壊してくれない?」
「え、なんで」
「エーミールの本当の気持ちが知りたいんだよ」
「いや、でも」
「いいから」彼は言った。「こっそりトイレで壊して、それから戻ってきて、また僕の鞄にこっそり入れてみて。僕もいなくなるから、その間にやっといて」
 私はトイレの個室に閉じこもり、どうやって壊したものかと思案した。本当の気持ちを伝え合えば、我々は同種の動物なのだから、なんだって分かり合えるものかもしれない。つまり、私は人のものを、それがなんであれ、壊すようなことはしたくない、と。罪悪感だろうか、私は胃がむかむかして、嘔吐感に似たものを胸に感じた。しかし、それは隣の個室の、焦げたみたいなにおいからもたらされるものだと知った。外に出て隣の個室を覗いてみたところ、個室のタイル床の隅っこで、小さな私が排便していた。こんな異国で、いや、それ以前に、便器があるにもかかわらず、便器の横で排便するという行為が、社会通念として許されるものだろうか。私は床にiPhoneを投げつけた。画面が割れてしまい、もうホームボタンを押してもいっさい起動しないiPhoneを持って、私はフードコートに引き返した。iPhoneを鞄に戻すところを姉はちゃんと見ていた。「それ、めっちゃ壊れてるじゃん」。弟が土産の袋を持って帰ってきた。
「おい、なんだこれ!」
「どうしたの」
「iPhoneこなごな!」弟が叫んだ。「しかも壊れてる!」
「この人が壊してたよ」姉が私を指差した。
「え、いや」
 弟は私を睨めつけた。「おい、お前ほんとか」
「あ、はい。ほんとです」
「どういうことだ」
「いや、つい床に投げてしまって」
「つい床に投げてしまうことなんてないだろ」
「そうですか」私は言った。「まあ、そうですね」
「こなごなだ!」

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