小説

『小さな私の思い出』加藤饅頭(ヘルマン・ヘッセ『少年の日の思い出』)

「すみません」
「弁償しろ!」
「なんです?」
「弁償しろ!」
「いや、ちょっと待ってくださいよ」
「待てるか!」
「話が違いますよ」
「いや、ちょっと待って」弟が私を止めた。「まあ、そうなんだけど、いざ本当に壊されたら、弁償してもらいたくなった」
「でも、そんなの困ります」
「こなごなだ!」
「いや、知りませんよ!」私は怒鳴った。「弁償できるわけないでしょう! 僕の給料って、あなたの百分の一よりも、まあ、多分ですけど、少ないんですよ!」
「え、そうなの」
「それに、エーミールはなにも欲しがりませんよ!」
 弟は口を開けた。「たしかにそうね」
「そうです。諦めてください」
「なんかエーミールの気持ちめっちゃわかるんだけど」
「よかったね」姉が言った。
 二ヶ月くらい経って、このときの経験をもとに新曲が発表された。『エーミールの気持ちめっちゃわかるんだけど』。この曲がすごくいい曲なのは、私が曲作りのはじまりに携わったからで、そのことから、歌詞にもちゃんと共感できる部分がある。音楽の善し悪しなど、私がそれをどのように思うかだけに左右される。今思えば、エーミールはそこそこ勇敢な態度をとったし、実はエーミール側の問題というのはあまりない。私だって、タイで「ぼく」を演じはしたが、むしろエーミール側の人間なのかもしれない。

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