ドンッ、ドンッ、ドンッ
男の大きなナイフには赤黒いものがこびりついて、激しく何度も振り下ろされた。アリスの背丈では男の手元は見えなかったけれど、何かを激しく切断しているようだった。
「うちのはとにかくよく切れるからねぇ」
男が腕を振り下ろすたびに、ビシャ、ビシャ、ビシャ、と赤黒いものが飛び散る。大男のエプロンがそれを浴びながらどんどん赤黒く染まっていく。そうやってエプロンが重くなればなるほど、大男はどんどん上機嫌になっているようで、鼻歌まで歌い出した。嫌な臭いが立ちこめはじめる。
「お嬢ちゃんは一体何を切りたいんだい?」
男に聞かれて、アリスはちょっと考えた。
「特に思いつかないわ」
「そりゃいけないねぇ。切るものは切らなきゃ道理が通らない」
「そんなこと言われても、よくわからないわ」
「お嬢ちゃん、大人になればわかるものさ」
そう言って大男は黙々と何かを切り続けた。包丁を振るうたびに悪臭が強くなる。アリスはたまらなくなって、そこから逃げ出した。
「何か切りたくなったらうちにおいで」
遠くから大男の声が聞こえたような気がしたけれど、アリスはあんなひどい匂いのところに二度と行く気はしなかった。
嫌な匂いが服にまとわりついている気がしたので、アリスはそれを振り払うように早足で歩いた。それにしても、うさにゃんはどこに行ったのかしら?
* * * * * * * *
そうやってしばらく歩いて、ちょっとした広場のようなところに出た時だった。ズシーンという大きな音とともに、地面がひどく揺れた。なんだかとっても大きなものが落ちてきたみたいだった。
地震? アリスは日本を襲った恐ろしい地震のニュースを思い出した。
すると、今度はアリスの少し先のほうに大きな黒い影が落ちた。その影がみるみる大きくなる。それからまたズシーンという大きな音とともに、アリスの視界はすっかり肌色にふさがれた。