小説

『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)

 目の前に、巨大な肉塊があった。ぶよぶよとしたものは肉と脂肪の塊で、ずっとずっと高い上の方まで続いている。首を目一杯後ろに傾けて上を見上げると、股間を黒い帯のようなもので隠しただけの、お尻丸出しのほぼ全裸の大男がいた。
「いやっ、恥ずかしいっ」
 アリスは目をふさいで、逃げ出した。どこにいくかわからないのに、目をつぶったままただただ走ってしまった。ほんの少しして足をとめて恐る恐る目を開けると、肉塊はふたつになっていた。視界のすべてが肉塊だった。たっぷりとした肉のひだが、ブルドッグのような影を作っている。
 そのふたつがしばらく睨み合ってから、ドーンという轟音と共にぶっつかり合った。ズドーンと太い足が落ちてきて、ビルがグシャグシャに踏みつぶされる。二人は足下など気にならないようで、お店やら観光客やら、あらゆるものを踏みつぶしながら取っ組み合い、張り手をしあう。瓦礫が落ちてくる中をみんな悲鳴を上げながら大パニックで走り回った。
 ガラスやブロックやプラスチックや、木やら紙や他のいろんなものが落ちてきて、人まで落ちて地面に赤黒い染みを作った。
「どすこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!」
 もの凄い轟音が響きわたった。太くて低くて、地面がグラグラと揺れるような雄叫びだ。
 怪物だ! 地震だ、雷だ、親父だ! デビルリバースだ! みんなが口々にぎゃあぎゃあと叫んでぶっつかって、転んで、血を流した。
「大丈夫かユリア!」
「わたしはユリアじゃないわ! アリスよ!」
「ごめんごめん、間違えたにゃ。にゃいじょうぶかい、アリス」
 突如現れたうさにゃんはかったるそうに後ろ足で耳の裏をかいていた。そんな場合じゃないのに。
「あのmonsterは一体なんなの!」
「相撲レスラーにゃ」
「相撲wrestler?!」
「神様同士の戦いを真似したものにゃ」
「そ、そう・・・だからあんなに大きいのね・・・まるでGodzillaみたいだわ」
「ゴジラは怪獣にゃ」
「相撲wrestlerとどう違うの?」
「神様と獣にゃ」

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