小説

『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)

 そのうち、踊っていたオカッパがアリスを見つけて「萌えぇえぇ〜〜〜〜!」と叫んだ。長髪とカリアゲも一斉に動きを止めてアリスの方を見る。たちまち「萌えぇ〜」の大合唱が起こる。
 アリスは驚いて逃げようとしたが、人だかりに阻まれて動きが取れなかった。それどころか、人混みがアリスを取り囲むように動いて、アリスを三人の前に放り出した。
 三人はアリスを囲んで「萌え!」「萌え!」「萌え!」と連呼した。
 アリスはわけがわからなくて耳をふさいだけれど、それでも甲高い声が聞こえてくる。オカッパが近づいてきて、手を差し伸べてきた。
「姫、一緒に踊ろうよ!」
 ヲタクたちが一斉に盛り上がる。アリスはオカッパから例の光るスティックを渡された。
「折ってから、振るんだよ、こんな風にね」
 そう言って、カリアゲがやってみせた。アリスも真似をしてみると、スティックがふんわりと光った。
「さあ一緒に、ワン・ツー、ワン・ツー」
 彼らの真似をしてなんとか踊ってみる。単調な動きなので覚えるのは難しくないが、なんだかとってもテンポが早い。みるみる額に汗が浮かび始める。そのうち人だかりが手拍子をはじめて、あたりの温度が急上昇し始めた。
「姫! 姫!」
「ネ申! ネ申!」
 よくわからない掛け声も入ってきた。
 もう、なんなの、一体!
 盛り上がりの中心にいて気分は悪くなかったが、なにせダンスのペースが早くて、すぐに息切れしそうだった。しかもそのペースがどんどん早くなっていくのだ。
 ヲタクたちの動きはもはやダンスというより、精密で高速に動いている気味の悪い機械のようだった。手拍子も早すぎて、おもちゃのお猿みたいに手を打ち鳴らしている。
「きっししし。そんなに激しく踊ったらバターになっちまうにゃ」
 耳元でうさにゃんが囁く。アリスはバターになるのはゴメンだった。
「いやよ、うさ、にゃん、なんとか、してよ」
 額に汗しながら、アリスが切れ切れにお願いすると、うさにゃんはにや〜っと大きく笑みを浮かべて「耳をふさぐにゃ」っと囁く。それから大きく息を吸うと、その息を一気に吐き出した。

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