小説

『浅草アリス』植木天洋(『不思議の国のアリス』)

「ほほほほほ、打ち首獄門よ! 打ち首にするでありんす! ほほほほ!」
 女が高笑いを響かせながら階段を降りてきた。やがてアリスの目の前に来て、立ち止まる。猫たちの間に動揺が走った。訳が分からないアリスは女に尋ねた。
「ねえ、Uchikubi Gokumonってなあに?」
「首をチョンとぶった切るのさ。おんし、そんなことも知らないのかえ」
 女は珍しそうに、ねめつけるようにアリスを見る。
「おやあ、おんし、新顔でありんすねえ」
 花魁の切れ長の鋭い目がアリスに突き刺さって、赤い唇がにんまりと笑った。それは耳まで裂けていて、鋭く尖った歯がギラギラと並んでいる。
「わちきのことを知らないとは、大した無知でありんす」
「ごめんなさい、私、今日Japnanに来たばかりなの」
 アリスは嫌な予感を感じながら、失礼のないようにスカートをちょんとつまみ、片膝を曲げて丁寧に挨拶をした。
「わちきは花魁だよ」
 女がくいっと顎を上げると、たちまち猫たちがひれ伏した。花魁はそれを見て満足気に頷く。
「おんし、名前は?」
「アリスと申します」
「まあ、異国の童でありんしたか。ありすでありんすか、みょうちくりんな名前でありんすなあ。ほほほほほ」
 アリスは腹が立ったけれど、笑顔を作ってぐっと我慢した。
「これ風神雷神! ありすとやらを打ち首にするでありんす!」
 ええっ? どうして突然、首をはねられなきゃいけないの!? アリスは真っ青になった。
「首を斬るなんてあんまりよ!」
「はは〜ん」
 花魁が長煙管を振り回した。
「わちきに口答えするのかえ?」
「そんなつもりじゃ・・・」
「では、わちきを楽しませておくんなんし」
 花魁はしどけなく横座りになって、色っぽく囁いた。
「なにも芸がないでありんすか? では打ち……」
「歌うわ!」

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