小説

『ユートピアンの結末』和織(『浦島太郎』)

 ルカは丘の上から、海を隔てた向こうにある街を眺めていた。もう、彼はいなくなっただろうか。始まりの場所を選ぶというのは、どんな心理なのだろう。そんなことをぼんやり考えていると、後ろに気配を感じて振り向く。そこに、ニカが立っていた。
「なんでわざわざ、あんなものを用意してあげたの?」
 ルカの隣に座って、ニカがそう言った。あんなもの、とは、ルカがタケルに渡した黒い箱のことだ。片手に納まるくらいの小さな箱。それだけをポケットにいれて、彼は島を出て行った。
「あれは償いなの」
 ルカが言った。自分が彼を島へ運び込んだことに対する償いという意味だった。彼女も彼も、どちらも後悔をしている訳ではなかったが、タケルがここに来て得た苦しみの原因を造ったのは間違いなく自分であると、ルカは認識していた。タケルは、「それは誰にもわからなかったことだ」と言っていたけれど、故意かそうでないかは、ルカにとって重要ではなかった。
「情が移った、ということなのかな」
 ニカが言った。
「そうかもしれない」
 ルカは少し笑った。自分が今タケルに対して抱いているのは、とても掴みどころのない感情だった。感情として、成り立っているのかさえわからない。けれどそれを得られたのは、自分が連れてきたのが、タケルであったからなのだろうと思う。
 あの日、ルカはサンプルを求めて街を訪れた。タケルを選んだのに、特に理由はなかった。健康で、平均的な体格をしていれば、男でも女でもよかったのだ。浜辺に降り立つと、島をじっと見つめているタケルを見つけ、すぐに声をかけた。タケルは島からルカに視線を移すと、大きく開かれた目で、呆けたように彼女に見入っていた。ルカが何か質問してもまともに答えられず、しどろもどろだった。そんな彼を見て、人間は変わらないものだなと、ルカはつくづく思った。仕方がないので少し大きな声を出して、持病はあるのか?と訊いた。タケルはその質問に、やっとのことで、という風に左右にゆっくり首を振った。それで、ルカは彼を島へ連れ帰ることを決めた。その為の説得などする必要はなかった。島を訪れることは、タケルの子供の頃からの願いだったからだ。

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