「ちゃんとというほどに堂々とはしていなかったけど」と笑いを含んだ声でからかってみる。すると小野さんは「ひどいなぁ」などと言いながらもくすぐったそうな笑顔を見せた。
……あ。
瞬時に息が詰まる。
知っている。この感じは……。懐かしすぎる痛み。胸の奥のそのまた奥でトクントクンと小さな毬が跳ねている。
ああ。でも。まさか。そんな。
小野さんは片手で私の腕時計を弄ぶ。カシャリカシャリと金属のベルトが揺れる音がする。思わず左手首を右手で覆う。耳が熱い。
カシャリ……。
小野さんの手が動きを止める。
「昨日ご連絡差し上げた時は、まだ七さんにお会いしていませんでしたから」
その言い方って、つまり、その……?
ううん。まさか。だめよ、勘違いしちゃ。あるわけないじゃない、そんなこと。
無言で手渡された腕時計に小野さんのぬくもりが残っていた。
【12月30日】
翌日、私はそのコンビニの店内にいた。
事務所に行けば小野さんがいるのだろうけれど、ただのお客さんが気安く顔を出せる場所でもない。だから店内をふらふらし、巡回かなにかで小野さんが降りてこないかと期待している。そんな業務があるのかどうかもかわらないけれども。
限りなくゼロに近い可能性にすがる程に、私は小野さんとの接点を求めていた。
今日もレジにいるのは例の前髪の長い若者だった。
店内をフラフラするだけでは申し訳なくて、目につく飲み物やお菓子をいくつか手に取る。
腕時計に目を落とす。三十分……いや、四十分経った。たかがコンビニにこれ以上入り浸るわけにはいかない。
私はなるべくのろのろと支払いを済ませ、後ろ髪を引っ掴まれて手繰り寄せられるような想いをしながら家路を辿る。