小説

『あたま山』鴨塚亮(『あたま山』)

共通しているのは、みんなおれを肴に酒を飲みに来ているということ。赤い顔をして楽しそうそうな面々の中でおれ一人、げっそりやつれていた。命を燃やして咲いているのだ。明日なき、刹那的開花である。満開なんかになったら、本当に死ぬかもしれなかった。血も頭に全部のぼって、しかも重いし、全然立っていられないのだ。
もう、酒なんか飲んでいる場合じゃなかった。横たわったまま、手当たり次第に飯を食った。刺身、塩キャベツ、焼き鳥、ポテトサラダ。酒のつまみばかり。でも、どれだけ食べても、満腹になったと思ったらすぐ、血が頭にのぼり、腹が減り始めるのを感じるのである。おれは満足しないのに、桜は咲き誇るばかりだった。どこかで、何かが逆転してしまったようだ。
一つだけ助かったことがある。どんな店に入っても、飲食代がタダになったことである。後ろに花見客を連れてくるからだ。週末、連休、バケーション、おれ。ディズニーランド、おれランド。それくらい売上に貢献する。業界新聞に載りかねない謎のホットスポット。
おれたちが歩いたあとには、道いっぱいに桜の花びらが落ちていた。いつも誰かがその道をたどってきた。そして、不思議なんだが、みんなおれに話を聞いてもらいたがった。
彼らは話し終わると決まってこう言う。
「で、いつ満開に?」
わからんね、それは。そう言って、寝そべったまま頭を揺らす。一帯、桜吹雪が舞う。
さて、ここらが行止り。
夜の外に出ることのできない行き詰った酔っ払いが、桜の木にぶら下がった男やもめの死体を追っかける。
あとに残った薄紅色の花びらの道には、きらきらと光る酒瓶を抱いて、歩き疲れた人々が深々と眠っている。

春も半ばを過ぎた頃。
おれは、宵の淵をぶらぶらしていた。
うしろには、花見客だけでなく、船乗りのような男たちや、犬くらいの大きさの獣、瞬いて飛び回る火のようなものまでついてきていた。恐ろしい感じはしなかった。求められていることはうれしかった。みんな、おれの桜を見に来ているのだ。見慣れないものが混じっているのは、わからんが、どうやらそれも花びらの道をたどってきたらしいので、もう随分長くなったその道は、どこかで彼岸をまたいだのかもしれなかった。
でも、もう疲れていた。
そろそろ妻にあやまって、一発か二発、殴られて、しじみの味噌汁でも作ってもらいたかった。でも、おれはもう死体なんだもの。たまらない。どうして喧嘩なんかしたかなあ。こんなことになってしまった。

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