小説

『狸釜』化野生姜(『ぶんぶく茶釜』)

その翌晩。妻が丹念に見つめている巻物に、私は何となく視線を落とした。
そこには、何匹もの奇妙な生き物が描かれていた。
あるものは琵琶に手足が生え、あるものは布に足が生えていた。
そうして、そのどれにも共通することは、みな道具を持つか、それと一体化した獣や鳥のような姿をしていることだった。
私は思わず、これはなんだと妻に尋ねた。
妻は片手に持ったルーペを上げると、うるさそうにそれに答えた。
「『百鬼夜行図』の複製画。この前買った『鳥獣戯画』とは違うわよ。」
そうして、思いついたようにこちらをふり向くと、私がこの絵に関心があることを嗅ぎ付けたのか、古物好きの彼女は嬉々として話し始めた。
「これは数ある百鬼夜行絵巻の中でもルーツと言われている絵なの。もともと百鬼夜行の絵巻物は室町から江戸まで数多く出ているけれど、そのほとんどが器物の妖怪を描いているのよ。」
そうして、絵に書かれた妖怪の一匹を指でなぞってみせる。
それは琴をひっくり返したような姿をしており、そこから獣の手足が生えているものだった。
私は、その姿を見て、何となくあの昨晩見た茶釜のことを思い出していた。
私の様子を見て、妻はさらに得意そうに言葉を続けた。
「九十九神といってね、九十九年間、壊されずに使われた器物には魂が宿ると昔の人は信じていたの。だから、こうして生き物のように動き回っている妖怪の絵が残っているのよ。面白いでしょう…。」
しかし、妻の明るい言葉とは裏腹に、私は不安に飲み込まれていくような感覚を覚えていた。確かにこの絵に描かれている化け物たちは、何となく動物にも似ている。しかし、似てはいるが、もうひとつ別の何かに似通っているような気がしてならなかった…。
しかし、それがなんだかわからない。
住職の家では、猫や鳥が消えていた。
それは、獣特有の補食行為と同じであると思っていた。
だが、あれの目的が別にあるとしたら?

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