小説

『狸釜』化野生姜(『ぶんぶく茶釜』)

…玄関を開けた途端、濃い血の匂いと汚物を混ぜたような悪臭が私の鼻腔を襲った。カギはかかっておらず、室内の電気は消えたままだった。
私は、体を奮い立たせるとその奥へと向かった…。
玄関には、何かを引きずったような痕があり、それは昨日、住職が見せてくれた部屋の縁側のほうへと続いているようだった。そうして、私は部屋の近くにたどり着くと、ふすまの向こうを覗きこんだ。

…道中、私はもし道具が形を取るならば…もし、そのような事があるならばの話だが…それが一番何になりたがるかを考えていた。
その結果、たどり着いた結論は、鯉や、鳥や、猫や、ましてや狸を補食する行為は…ただの過程でしかないということだった。
そう、彼らはただの詰め物でしかなかった…。
相手に興味を持たせ、自己の形を保つための詰め物でしかなかった…。

そうして、私はふすまの向こうの光景を静かに見つめた。
その先には、二つの遺体があった。
一つは、喉を何者かによって噛み切られ失血死したと思われる男性の遺体。
…これは住職だとすぐに分かった。
そうして、もう一つの遺体。
それは無惨にも体中の皮を剥がされ、性別すら分からぬ有様であった。
しかし、私は一目見ただけで、それが誰であるかをすぐさま理解した。
そして同時に、私は思い出さずにはいられなかった。
あの雷が辺りを照らしたあの瞬間、私が見たものを…。
あれは、奥方の姿をしていた。
しかし、雪の中を歩くあれは、奥方では…ましてや、人ではなかった。

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