小説

『ウェンディとネバーランド』あやもとなつか(『ハメルーンの笛吹き』『ピーターパン』)

どうしても思い出せない。ここへ来る前の記憶がほとんどなくなっていた。私が記憶を呼び覚まそうとしていた時、声が聞こえた。はっきりと聞こえたわけじゃないけれど、頭の奥で響くように、囁くように。
「ウェンディ、ジョン、お願いだから目を覚ましておくれ。」
「ウェンディ、ジョン、また一緒に買い物に行きましょう。」
「ウェンディ、ジョン、一緒に遊びましょうよ。1人は寂しいわ。」
泣きそうな声で、本当に悲しそうに言うから、私も胸が絞められたように悲しくなった。
「おじさん…おばさん…ナナ…」
自然と言葉が口からこぼれて、次々におじさん、おばさんとナナの顔や、おじさんの家やハメルーンの町の風景が思い出された。
(ああ、私、ここにいるべきじゃないんだ。私がいるべきなのはハメルーンの町なんだ。だって、おじさんとおばさんとナナは私を愛してくれている。私を必要としてくれるから。)
心の底からそう思った。
「思い出した?」
頭上から声が聞こえた。
「ピーター。」
私が上を見上げるとピーターはゆっくりと私の横に降りてきた。
「お家のこと、家族のこと、思い出したんだね。少し、今までの事を説明してもいいかな?」
ピーターは微笑見ながら言った。私は頷く。
「ここは子どもの為だけの国、ネバーランド。欲しいものは何だって手に入るよ。おもちゃも、綺麗な服も、可愛い人形も、珍しいゲームだって。だけどね、どうしても大人はここに入れないんだ。ネバーランドの入り口はどこにでもあるんだよ。水溜りの中だったり、ドアノブの鍵穴だったり、もしかしたら、キャンディの中だったりね。でも、大人達はそんな事に気づけない。ここに来られるのは子ども達だけ。僕はね、お母さんに会いたかった。だけどそれは出来ないんだ。僕はどういうわけかここから出られないし、ここには大人はこれないからね。もうお母さんの顔もよく思い出せないんだけどさ。」

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