小説

『ウェンディとネバーランド』あやもとなつか(『ハメルーンの笛吹き』『ピーターパン』)

男は文字を書き終えると観衆を見渡した。
「そんな事、出来るわけがないだろ!街全体で取り組んでも出来なかったんだぞ!」
観衆の1人が怒鳴った。
『もし出来なかったのなら、報酬は結構です。1度私に試させては貰えませんか。』
観衆はヒソヒソと話し始めた。
「いいんじゃないか、やらせてみて。ネズミが大量発生して困っているのは事実だし、もし成功したのならそれに越したことは無い。」
観衆の誰かが言った。
男は文字を書き始める。
『では、私が成功したら報酬として金貨2袋分をお願いします。』
「金貨2袋だって!?」
ネズミ退治に金貨2袋はあまりに高額だ。遂には町長が呼ばれ、男は町長と交渉を始めた。その間も男は一切言葉を発する事はなくて、用意された紙に文字を書き続けた。観衆は不安そうにその様子を見守った。私はナナの後ろに隠れながらチラチラと男の顔、正確には仮面を見ていた。三日月の形をした口元がすごく不気味で怖いと思っていたけど、どういうわけか目が離せなかった。交渉の末、男がネズミ退治に成功した場合、金貨1袋を支払うことになったようだった。
「いいですね、ネズミが1匹でも残っていたなら鐚一文払いませんよ。」
町長は強く念を押して言った。男は軽く頷くとどこからか小さな笛を取り出し、仮面の上から笛を吹き始めた。笛は不思議な音色を奏でた。「チッチッチッ」
どこからともなくネズミの鳴き声が聞こえた…と思うと、広場に大量のネズミが流れ込んできた。集まっていた観衆から悲鳴があがり、私のそばにいた貴婦人が倒れた。大量のネズミが足元を掠める。くすぐったい、なんてものじゃないのだ。大量のネズミは濁流のように私を押し流そうとする。私は必死でナナにしがみついた。ナナはおばさんの袖を必死で掴んでいた。
「ここは危ないわ、広場を出ましょう。」

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