小説

『三万年目』清水その字(古典落語『百年目』)

「毎日顔を合わせてるじゃねぇか。それをご無沙汰たァどういうこった?」
「いや、その。マカさんと二人で出かけたとバレたから、『ここで会ったが百年目!』ってな具合で食い殺されるんじゃないかと」
 ハナグロの答えを聞いた瞬間、大将は大笑いした。マカもクスッと笑い、ハナグロの耳の辺りを撫でてくる。
「俺はマカ殿に、お前と仲良くしてやってくれと頼んだのよ」

 ……大将曰く、マカには兄がいたらしい。妖怪になることなく死んだが、その兄は鼻周りに黒い模様があったそうだ。彼女がハナグロに興味を持ったのは亡き兄と似ていたからで、それを聞いた大将は「何かの縁だと思ってハナグロと仲良くしてやってほしい。あいつは妖怪になったばかりだから、あんたみたいに長生きしてる妖怪と一緒に居れば、何かの足しにはなるだろう」と頼んだという。マカもそれを快諾し、日本にいる間はハナグロと遊ぶことにしたそうだ。
「しかしおめェ、なかなか偉ェな。マカ殿の牙を見りゃ、同じ猫族でも大抵逃げ出すぜ。だがおめェは逃げねェどころか、ちゃんとマカ殿を守ろうとしたじゃねぇか。男気があるな」
「へ、へぇ。そう褒められると……」
 どうやら一部始終を見られていたようだ。恐縮するハナグロに、マカもありがとうと礼を言う。耳の付け根をマッサージしてくれる指先が気持ち良く、膝も温かい。人間の膝で寝る飼い猫の気持ちが少し分かった。大将の前でなければこのまま、マカの膝の上で昼寝してしまいそうだった。顔を上げると、黒曜石のような瞳が優しく見下ろしてくる。とてもあの恐るべき牙の持ち主とは思えない。
「それにしても、いやはや、大将。剣歯猫も猫又になれるものなんですね」
「ああ、マカ殿が最後の生き残りだがな。剣歯猫、剣歯虎とかサーベルタイガーとか、いろいろな呼び方をされてるらしいが、猫族には違ェねぇ」
 まあ小難しい分類は人間に任せておけばいいと言って、大将はあくびをした。吸い込まれそうな大きな口が閉じられると、マカに目を向ける。
「それでマカ殿。何でまたオオナマケモノの骨に、牙なんぞ剥いたのですかい?」

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