トイレのドアがゆっくりと開いて、顔をうつむかせた女の子が出てきた。
「どうしてあたしのなまえしってるの?」
「子供の頃、初恋の子が花子ちゃんだったんだ」
女の子はさらにうつむいた。頬が赤く染まっているのを隠すように。零はそれを見て、くすりと笑う。
女の子はうつむいたまま右手を差し出した。
「何して遊ぶ?」
「君の希望に添えるといいな」
零はしゃがみこんで、差し出された右手を支えるように手に取る。恭しく。親しみを込めて。
「あかいかみがほしいか? あおいかみがほしいか?」
「僕は君さえいればそれで十分だよ」
零は少女の手を両方の手のひらで優しく包んだ。少女の体がピクリと震える。
「おまえのいのちとる」
「僕のハートはもうとっくに君のものさ」
「……」
少女は無言でもじもじと身をよじらせた。
零はそれを見てまたくすりと笑う。それから指輪がついていない方の手で女の子の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「今日はすごく楽しかったよ。またあと十年したら、今度は僕のところに遊びにきてね」
懐から取り出した名刺を、女の子に差し出す。
「僕はシャングリラの零。ご指名よろしく」
女の子はしばらく珍しそうに名刺を眺めてから、こくりとうなずいて、トイレの中に戻ってしまった。
零はそれを見届けてから、再びシャングリラへ向かって歩き始めた。
「はーなこさん、待ってるよー」