小説

『伝説のホスト』植木天洋(『口裂け女』『カシマレイコ』『トイレの花子さん』『壁女』『メリーさんの電話』)

「いつでも、君のために僕はここにいるよ。君の片腕になるよ。脚を温めるよ。ねえ、名前、きいてもいいかな? 君のこと、もっと知りたいから」
「カシマ……レイコ……」
「レイコさんか。素敵な名前。僕は零、よろしくね」
 零は手を止めずに足を優しくさすりながら女を見上げる。暗く落ち窪んだ目が零を見返す。
「い、命よこせ」
 零は手を止め、にっこりと優しく微笑む。
「それはできないよ、レイコさん」
「……」
 女の暗い目が無言で零を見つめる。
「だって、君より先にいなくなったら、君を寂しくさせてしまう」
 しばし考えこむような時間があって、女がつぶやく。
「もう……寂しいのは……いや……」
 ポツリと落ちる涙を残して、女はいつの間にか消え去っていた。


 メイン通りには派手な格好をした男女がいて、スーツを着た酔客がいて、いかにも物騒な雰囲気を漂わせた若者がいて、そのあいだをぬってベンツが走り、ホームレスがいて、なんということはない普通の格好の大学生の集団がいて、女子高生が行き来し、たむろしていた。
 相変わらずの見慣れた風景。空はすでに暗く、ネオンに照らされてオレンジ色に見える。星は見えない。
 もうすぐ出勤時間だ。珍しく同伴がなかった零は、自分が所属する歌舞伎町で規模も人気もナンバーワンのホストクラブ、シャングリラに一人向かっていた。
 花園神社の裏に差し掛かる頃、目の前を赤いスカートをはいた十歳くらいの女の子が通り、うす暗い通路に入っていった。耳の下で切りそろえられた黒髪が印象的で、保護者がいるような気配はない。ずいぶん無防備に見えた。

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