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太客に200万のシャンパンタワーを二本立ててもらうと、零はその女の頬に軽くキスをして席を立った。
「ああん、零く〜ん、早く帰ってきてねえ」
嗄れた甘い声で言う、50代の和服の女。派手な高級帯を締め、加賀友禅の着物を着ている。左右には、ナンバー2、ナンバー3のホストが素早く座った。
「僕も貴女から離れたくない。だけど少しだけ、いかないといけないんです。すぐに戻ってきます、あなたの側に……」
零は甘く返して、すっと奥の通路に消えた。
「本当に少しだけですからね、お願いしますよ、零さん」
黒服に念を押されて、裏口から外に出た。表はド派手な看板とネオンで照らされ、所属ホストのキメ写真がずらりと並んでいるが、裏口は地味でひっそりとしている。
店から持ち出した一本五千円のミネラルウォーターを、一口飲む。煙草は吸わない。今時、煙草臭い息は嫌われるのだ。客が吸っても、零は吸わない。
それに、零にとって煙草は金の無駄使いだ。湯水のように金はあっても、浪費はしない。金は消費と投資にしか使わない。ナンバーワン・ホストの地位を維持するための信条だった。
一息ついてウィスキーの芳醇な香りを吐き出すと、薄暗くゴミ箱しかない細い通路をカツカツと歩き始める。
「手……よこせ」
女の声がした。声の方を向くと、奥まった建物の隙間に女が立っていた。白いノースリーブのワンピースを着て、片腕を抱くようにして立っている。
暗い中、女が一人。真夜中の新宿で、まるで犯罪に巻き込んでくださいと言わんばかりの格好だ。いや、すでに被害にあってバッグもコートも奪われてしまって途方に暮れているのかもしれない。
零は躊躇なく歩み寄る。
「どうかしたの? 大丈夫?」
「手、よこせ」