小説

『伝説のホスト』植木天洋(『口裂け女』『カシマレイコ』『トイレの花子さん』『壁女』『メリーさんの電話』)

「おじょーうさん」
 つま先を赤いドレスのキャバ嬢に向けて、二・三歩歩み寄る。女の白い細い足が、赤く高いヒールを履いているのが見えた。
「一人でいると危ないよー」
 ホストが近づくと、女はゆっくりと振り返った。くるくると螺旋をえがく髪を垂らして、大きなマスクをつけていた。
 今時、どんな格好でもマスクをつけているのは珍しくない。季節問わず、年齢性別問わず、誰かがつけている。
「僕、零っていうんだ。こんなところで一人でいて、どうかしたの? つらいことでもあった?」
「……」
 女は黙っていて、長い前髪に隠れた目を少しあげたようだった。切れ長の濡れたような黒い目が零を見つめる。
「私……きれい?」
 低くてくぐもった声だった。零はスラスラとごく自然に答える。
「綺麗だよ。きっと人気のキャストさんなんだろうなあ。僕も君みたいな子と一緒に飲みたいな」
「ねえ、私、きれい……?」
「髪、すっごく盛れてるね! 似合ってるよ」
「ねえ……」
「あっ、しかもすっごい美脚! そのヒール、もしかしてジミー・チュウ? 趣味いいね。もしかして、エリーゼのキャストさんかな? あそこのキャストさんはレベル高いから」
「私、きれい?」
 女が繰り返し聞いてくる。マスクをつけているので顔はわからないが、零はにっこりと百万円のひと笑みを返した。そして、優しい声で囁く。
「綺麗だよ、すごく」 
「これでも?」
 女はそう言うと、マスクをゆっくりとはずした。

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